阪神大震災から今日で15年経ちました。街も見違えるほど綺麗になりました。
あの日は今でも克明に覚えています、母が本棚の下敷きになって瀕死の重傷を負いました。
ひび割れした橋や道路、脱線した電車、うろたえてパジャマ姿で外に立ちつくす人々を横目に父と病院へ母を運びました。病院は怪我人でパニック状態でした。トラックで毛布にくるまれた死体が次々に運び込まれて来ます。病院についても母はなかなか処置をしてもらえませんでした。幸い命には別条なく、しかし2か月入院しました。ガスも2カ月復旧しなかったし、お風呂も勤務先の先生の家で久しぶりに入った記憶があります。戦時中ってこんなんかなぁと思ったほどです。景色も気分も灰色一色でした。でも、阪急電車が復旧し、梅田に行くと、震災など無かったかのようにデートをしているカップルや、派手な服を着て買い物をする人たちが多くてびっくりした事を覚えています。